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寝ゲロ部屋

うんこ垂れ蔵の寝ゲロ部屋

しがない見習いSEのぼやき

※この話は半分ノンフィクションで

 残りは作り話か違う物に例えている話です。

 

自分は4月からSEになった

どこにでも居る新卒の会社員。

ほんの少しだけ人より失敗を重ねて、

ほんの少しだけ人より成功したこともある、

人並みに恋をして、

人並みに失恋して、

人並みにソシャゲにハマってる、

普通の人だ。

 

大学時代は実家を出て、

東北で一人暮らしをしていた。

お金はあまり無かった。

 

だけど、

利害関係だけでない、

心から通じ合える友達が居て、

凄く楽しかった。

毎日のように、

サークル棟に集まって、

役に立たないロボットを作ったり、

しょーもないプログラミングをしたり、

将来の夢について語り合ったりもしていた。

 

ある日、好きな女の子が出来て、

色んな所に遊びに行ったり、

告白して付き合って、

甘々な日常を送りながら、

キスもセックスもした。

色んな思い出も出来た。

だけど、研究が忙しくなって

愚痴を時々こぼすようになったら、

面白くない!って言われて、

別れちゃった。

今となってはお互い青かったなぁ、

って思う。

 

4年生になって就活で東京に出てきて、

おじいちゃんが亡くなったり、

お薬で自殺しようとするネトゲの友達が居たり、

大手に出したESに定型文のお礼メールを返されまくったり、

他にも色々なイベントが重なって、

当時の自分としては大変な思いをしながら、

やっと手にした内定も束の間、

院生に卒論の手柄を半分以上持ってかれて、

スカスカの卒論発表になってしまい、

質問で大恥をかいた。

卒業式は卒論の疲れから、

意識が飛んでいて、

ほとんど記憶が無い。

 

よーし、こっから頑張るぞー。

そう意気込んていた3月の自分が既に懐かしい。

 

3月末になり、東京に引っ越してきた。

まず、東京の交通の利便性に感動した。

ドンキから色んな家具を買ってきて

新居に軽トラで搬入した。

一人暮らしには慣れていたから、

まぁ特別何も変わらないだろうな、って気がしていた。

 

4月になって入社式と新人研修合宿があった。

合宿は弊社のコンサルを行うという趣旨の研修ということで、

班に別れて他の支店・同じ支店の動機と朝まで議論を交わした。

自分の班には、

こう言っちゃなんだけど、

女の子大好きな男が居て、

班員の中から気が合う子を見つけて、

夜な夜な夜這いに行ってるようなのが居た。

その女の子を立てるために、

彼は自分の意見は適当に言って、

全力で彼女のズタボロの企画をフォローして、

他の意見のアラ探しをして、

彼女の企画を通そうとしていた。

自分はそいつの肩を叩いて、

ちょっと話があると言って廊下に出て、

みぞおちをグーでグリグリしながら、

「てめぇ人間舐めてんだろ?そんなにやりたきゃ

 二人でやれよな。俺はもう知らん。明日が楽しみだなぁ、おい?」

と言って部屋を飛び出して、

他の班で精神状態がヤバそうな人をとっ捕まえて、

将来の生き方について朝までずっと話していた。

 

結果はボロボロだった。

ざまぁ見ろと思ったけど、自分は社会人として失格だなとも思った。

 

それから各支店に戻り、研修が始まった。

楽しいことから、少ししんどいことまで、

色んな研修があった。

誰も自分のやりたい役職に立候補をしなかった。

まだまだ学生気分が抜けないのかな、と思いつつ、

空気が止まった5秒のあと、自分から代表を立候補した。

気付いたら、自分が代表をするのが当然という空気が出来ていた。

私が何かヘマをすると、俺達がフォローしてやったんだ、

って空気が流れている。

 

うーん、まずいねぇこの空気。

そう思った自分は同期会で

みんなを酔わせて一人ひとりの

性格から生い立ち、

もう少し深い家庭の事情まで聞いた。

そうしたら、

みんな社会人になるまでずっと実家暮らしだった、

もしくはずっと実家暮らしで、

土日は高校~大学の友達と遊んでいる、

ということが分かった。

率直な感想だけど、

関東ってこんなヌルい育ち方をした

頭でっかちのお坊ちゃんお嬢ちゃんが溢れているんだ…

って衝撃を受けた。

 

自分でお金の管理も、炊事洗濯も最低限度はしないと生きていけない

一人暮らしはそんなに偉いことなのだろうか。

大学時代から好きに大学を選び、好きに暮らしてきた自分にとって

一人暮らしで弁当も自炊する事を上司から賞賛される意味が、

自分には全く分からなかった。

 

二ヶ月の研修が終わり、プロジェクトチームに配属された。

雰囲気は良かった。ここなら頑張れるかも!

そう一瞬でも思えていた頃は、

まだ社会人の責任の重さを何も知らなかった。

 

初仕事は設計書通りに既存のプログラムを改修するというものだった。

これなら楽勝っすよ~半日で出来ます!

そうして提出したコードを、

先輩にレビューしてもらった結果はボロボロだった。

 

趣味プログラムでは教科書通りに書けばいい。

例えば、

strcpyっていう文字列をコピーする関数は、

普段使いならそのままでいい。

だけど、Vitual Studioではセキュアではないから

strcpy_sを使えって警告が出て、それを使えという。

うーん、なら文字列関数を独自に作ってもっと安全な~…

とまで言いかけたら、すごい剣幕で

お前はプログラムのプの字も分かってない!

と言われてしまった。

 

プログラムが分からないのではない。

どのレベルで必要とされているのか、

質問しても相手がよく分かってないから説明もない。

工数諸々の問題もあるのだろう。

 

うーん、これは困ったな。

自分は言われるがまま、コードを書いた。

コメントは間違ってるけど、ロジックは大体OKだね。

という及第点の指摘を頂けた。

最初に質問してもコーディング規約も

何も教えてくれない先輩に内心ブチ切れながら進めた。

気付けば夜の21時前を回っていた。

いわゆるOJT期間中ということで、

勤怠上は19時までと後日修正されていた。

 

次の仕事は何かなー。

そうして仕事を貰いに行ったら、

次は簡単なファイル修正の案件だよー。

ということで、開発は新人1人、SE1人、

営業1人という今思えばトンデモない

プロジェクトに巻き込まれていた。

 

貰ったソースは欠陥が少なからずあって、

どこから突っ込めば良いのか、優先度を考えながら

上長のSEに問題点を指摘した。

上長から返答が返ってこないまま1週間が過ぎた。

ある日上長が、客先の案件が決まってないからリスケねー(※スケジュールし直す)

と言い出した。お金と工数管理は大丈夫なのかと、

本気で不安になりつつ、そのリスケ上には伝わってるのですか、

と遠回しに言ったところ、これから相談する~と。

それから会議室で営業とSEの阿鼻叫喚地獄

う~ん。。。。

 

皺寄せは当然開発に来るため、レビュー含めて1人日のコーディングも、

開発0.5人日でレビューはあって無いようなものになってしまった。

この頃から人を信じられなくなり、全ての資料に目を通して、

少しでも不安に感じた項目があればすぐに相談・提案に行くようになっていた。

ここがマズそう・・・

相手の要件定義と実際のコードに差がありすぎるからこれは追加注文なんじゃね?

そんなやり取りをして摩耗して、あっちゅーまに1月が経った。

 

一方、他の同期は手取り足取りフレンドリーなOJT期間を送っていた。

まだまだ学生気分が抜けない彼ら相手と同期飲みをするのは結構来るものがあった。

気付けば、家に帰って淫夢動画を見て笑ったあと、寝る平日。

月1~3回の土曜は仕事と割りきって社内のサークルや活動に顔を出し、

たまに貫徹オールするような生活を送っていた。

 

もしかしたら結婚するかもしれない

そんな彼女も作りたいところではあるが、

現実の自分は会社に追われる毎日で、

家帰って飯作ってから、

シコるか酒飲んで気持ち良くなって寝るか

余裕が無くてこの2つしか選択肢が無い。

 

直属の上司の帰りは終電間際で、

出世しても仕事が集中してしんどそうにしている。

 

楽しいのが人生では無いけれども、

時間を作って各種資格をしっかり取って、

もう少し良い環境で毎日を過ごしたいな、

って入社3ヶ月目から思い始めたのでした。

 

以上、しがないSE見習いのぼやきでした。

半年後にはもう少し見方が変わってそうです。